奥州市水沢に鎮座する日高神社は、嵯峨天皇の勅命により弘仁元年にこの地に勧請創建されました。 前九年の役では、征夷大将軍源頼義とその子義家が安倍貞任との戦に臨み、 「此の地に大雨頻りに降り雄雌を決せん」として妙見宮に祈願すると、 未の刻に大雨が止み日が高く昇り、安倍貞任を討ち勝利したという伝説が伝えられています。
本殿は奥州の豪族藤原秀衡が改築し、その後、地頭柏山伊勢守が神附領を寄進しました。 寛永年間には伊達政宗公により本殿が再建され、現在にその歴史を伝えています。
本殿は三間流造・北面突出部付・銅板葺(もと葺)の建築で、 岩手県内でも江戸時代前期まで遡ることのできる数少ない神社建築であり、 国の重要文化財に指定されています。 また、高野長英、後藤新平、斎藤實、椎名悦三郎など、 多くの名士が参拝し崇敬を寄せたことでも知られています。